1 はじめに
預金は、現金・不動産と並び、相続財産の中心的な存在です。
それゆえ、預金が絡む問題も多々発生する傾向にあります。
本コラムでは、預金に関する相続問題について、解説いたします。
「預金」に似た言葉として、「貯金」があります。
「貯金」とはゆうちょ銀行、農業協同組合、漁業協同組合に預けたお金のことをいい、「預金」とはそれ以外の銀行、信用金庫、信用組合、労働金庫といった金融機関に預けたお金のことをいいます。
以下では、特段の事情がない限り、「預金」の中に「貯金」も含むものといたします。
2 名義預金とへそくり
(1)名義預金
名義預金とは、口座の名義人とその口座預金の実質的な所有者が異なる預金のことをいいます。
たとえば、祖父母が孫名義の口座を作って預金をしたり、夫の収入を専業主婦が自身の名義で預金したりする場合に、名義預金の問題が生じます。
名義預金が発見された際には、①被相続人が自らの財産であると認識し預金していたものとして、相続財産に当たるとする意見と、②被相続人が名義人に贈与する趣旨で預貯金をしていたものとして、相続財産に当たらないとする意見が対立することになります。
このような争いの原因になることから、名義預金を作るのではなく、自らの名義の口座に預貯金をするか、明確な贈与契約を締結するのが好ましいです。
仮に、名義預金が発見され、相続財産に当たるかという紛争に発展してしまった場合には、裁判所での「遺産確認の訴え」で結論を出すことになります。
そこでの判断においては、口座の名義だけではなく、原資の出捐者は誰か(誰が稼いだお金なのか)、管理・運用をしていたのは誰か、被相続人と名義人との関係、名義預金が作成された経緯などの事情が考慮されます。
(2)へそくり
主婦が、家計とは別にコツコツと夫に内緒で貯めるイメージがあるへそくりですが、このへそくりの扱いも、相続の場面では問題となりやすいものです。
法的には、へそくりの財源が夫の給料・収入であれば、夫個人の財産であると評価されます。
そのため、夫が亡くなった場合には、へそくりは夫の財産として評価され、相続の対象となります。
主婦の目線からすれば、へそくりとして預金をするのではなく、夫からお小遣い(贈与)として受け取ったものを預金するほうが好ましいです。
3 預金口座の相続手続
銀行などの金融機関は、口座名義人が亡くなったことを知ると、その預金口座を凍結します。
銀行口座が凍結されると、一切の入出金やその口座からの引き落としができなくなってしまいます。
遺産分割がまとまった段階で、金融機関に連絡をすれば、凍結が解除されます。
凍結を解除し、預金の解約や口座の名義変更を行うことにより、預金口座を相続することが可能となります。
その際、通帳や遺産分割協議書、戸籍謄本等が必要になりますが、各金融機関によって必要な書類は異なりますので、あらかじめ金融機関に相談するとスムーズに手続きができるでしょう。
4 預金の分割方法
(1)預金の法的性質
預金と現金は、法的には性質が異なります。
一般に「預金をしている」というのは、預金者が銀行等の金融機関との間で「預金契約」を締結していることをいいます。
その預金契約において、実際に金銭を保管・管理しているのは金融機関であって、預金者にはそれを払い戻す権利(預金払戻請求権)があるにすぎません。
このように、現金が現物であるのに対して、預金は金銭債権(権利の1つ)として扱われます。
(2)金銭債権についての基本原則
金銭債権について、判例は、各相続人に当然に分割承継されるとしています。
すなわち、遺産分割を経るまでもなく、自動的に分割して承継されることになります。
(3)預金債権についての特則
この原則によれば、預金債権も金銭債権であることから、遺産分割の対象とはならないようにみえます。
実際、かつての裁判所もこのような考えを取っていました。
しかしながら、預金は、確実かつ簡易に換価することができるという点で、現金とさほど変わりません。
そのような観点から、最高裁判所は平成28年に判例を変更し、預貯金債権が遺産分割の対象になることを認めました。
この判例変更以降、預金債権は、遺産分割の協議や調停・審判の中で、取得者や取得割合を決めていくものになりました。
5 預金口座の調査・開示請求
いざ遺産分割をしようと思っても、どの金融機関に預金口座があるか分からなかったり、他の相続人が正しい情報を開示してくれなかったりすることがあります。
このような場合に、適正な遺産分割をするためには、どうすればよいのでしょうか。
(1)預金口座の開示請求
すでにご説明したように、預金者と金融機関は「預金契約」を締結しています。
この預金契約に基づいて、金銭の出入金、公共料金の自動支払いや振込入金の受入れ等が可能となっています。
金融機関は、このような預金契約に基づく義務の1つとして、預金者に対して、預金口座の残高や取引履歴を開示する義務を負っています。
言い換えれば、預金者が残高証明書や取引履歴の開示請求を行った場合には、金融機関はそれに応じる義務があります。
では、相続人が開示請求をすることはできるのでしょうか。
この問題につき、最高裁は、平成21年、相続人が単独で(他の相続人の同意なく)、金融機関に対し、残高証明書や取引履歴の開示請求することができると判示しました。
開示請求により、正確な預金額を知ることができます。
開示請求をする場合にも、あらかじめ、必要書類等について金融機関に相談するとスムーズに手続きができるでしょう。
また、過去何年前まで遡れるかや手数料額は金融機関によって異なりますので、その点も金融機関にお問い合わせのうえで請求を行うとよいでしょう。
(2)預金口座の調査
そもそも、どこの金融機関に口座があるかすら分からない場合には、どうしたらよいのでしょうか。
この場合には、金融機関に対して「名寄せ」を行うことで、その金融機関の全支店を対象として、被相続人の口座・預金があるかを調査することができます。
この名寄せも、相続人の一人が単独で行うことができます。
名寄せをする際には、近隣の主要な銀行、信用金庫、信用組合、ゆうちょ銀行等、預金の可能性のある銀行に対して、漏れなく行うようにしましょう。
仮に、名寄せの結果、新たな口座が発見できた場合には、残高証明書や取引履歴の請求を行い、遺産分割に臨むことになるでしょう。
6 口座の凍結と遺産分割前の払戻
(1)口座の凍結
すでに述べた通り、金融機関は、名義人の死亡を知ると、口座を凍結します。
口座が凍結されると、一切の出入金ができなくなります。
そのため、名義人の死亡を伝える前に、入院費・葬儀費用などの必要資金の確保、公共料金の自動引落口座の変更、家賃等の定期収入の受取口座の変更等、必要な手続きを済ませておくのが堅実です。
一方で、相続人の中に被相続人の口座を事実上管理し続けている者や、勝手に預金を払い戻してしまう者がいる場合には、金融機関に被相続人の死亡を伝え、口座を凍結することによって、財産の散逸を防ぐということも有用です。
(2)遺産分割前の払戻
一旦凍結した口座の凍結解除のためには、原則として、遺産分割を成立させ、その内容を記載した遺産分割協議書を金融機関に示す必要があります。
遺産分割が成立していない段階では、基本的には、凍結した口座から払い戻すことはできません。
しかし、例外もあります。
以下では、例外的に遺産分割前に払戻をする方法として、3つご紹介します。
1つめは、相続人全員の同意を得ることです。
相続人の一人を手続代表者に指定し、相続人全員が押印した手続依頼書に、必要書類を添えて金融機関に提出することにより、金融機関が払戻に応じるのが通常です。
2つ目は、民法に定められている払戻の制度を用いる方法です。
これによれば、各相続人は、預金債権額の3分の1に法定相続分を乗じた額(ただし、同一機関からの払戻は150万円を限度とする)については、単独で払い戻すことが可能です。
3つ目は、家庭裁判所の判断による払戻制度を利用する方法です。
家庭裁判所にて、遺産分割審判・調停が申し立てられている場合には、各相続人は、家庭裁判所へ申し立て審判を得ることにより、金融機関から単独で払戻しを受けることができます。
ただし、生活費の支払等の事情による相続預金の仮払いの必要性が認められ、かつ、他の共同相続人の利益を害しない場合に限られます。
必要書類は各金融機関によって異なりますので、実際に払戻を行う場合にはあらかじめ金融機関に相談することをお勧めいたします。
7 弁護士にご相談ください
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(弁護士・一戸皓樹)